「Bento」として世界で広がる日本の弁当。その一翼を担う日本人の挑戦

アメリカ、ニューヨークで2006年に弁当事業を引き継ぎ、17年間にわたって弁当を作り続ける日本人がいる。なぜ海外で事業を始めたのか。弁当はアメリカの人々にどう受け入れられているのだろうか? 日本食 関連記事 Text and photo by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人「ニューヨーク直行便」(c) 安部かすみより一部転載)無断転載禁止

チェロ&尺八で日本の名曲。ホロコーストから救った日本副領事の功績称え

Photo: © Daphne Youree 14日、ニューヨークのジャパン・ソサエティーで、ある日本人の功績を称えるコンサートが開催された。 その日本人とは、1939年に在リトアニア日本副領事だった杉原千畝(ちうね、1900-1986)氏のことだ。第二次世界大戦中、彼が多くのユダヤ人をホロコーストから救った話はご存知だろうか? 杉原氏はホロコーストの渦中、ナチス・ドイツによって迫害されたユダヤ人にビザを発行し、約6000人の命を救った。 あれから80年以上が経ち2020年、同氏の功績を称えるコンサート「A Concert for Sugihara」がチェリストのクリスティーナ・レイコ・クーパー氏により企画されていた。彼女の夫の父は第二次大戦中、杉原氏が発行したビザで救出された1人だ。しかしコロナ禍でコンサートは延期になり、ようやく今年4月19日にカーネギーホールで「A Concert for Sugihara」が実現する。 A CONCERT FOR SUGIHARA Wednesday, April 19, 2023, 7PM  それに先駆けたこの日、クーパー氏が尺八奏者のザック・ジンガー氏を迎えたミニライブ「An Intimate Prelude to A Concert for Sugihara」では、バッハの『Cello Suite No. 1 in G Major, Prélude』や日本の名曲『荒城の月』などを披露した。 ステージに立ったジンガー氏は「ここにいる皆さんは尺八とは一体何だろうと思うかもしれません。しかし侍映画の風が吹くシーンで聞き覚えがあることでしょう」と紹介し、クーパー氏と共にチェロと尺八という和洋折衷の見事なアンサンブルを披露した。 ステージには、杉原氏に父を救われた国立イディッシュ劇場の芸術監督、ザルメン・ムロテック氏も登場し、同氏に敬意を表した。 杉原氏がビザを発行し出国できた難民は、シベリア鉄道でウラジオストクに到着し、日本や中国へと向かった。その後カナダやアメリカに辿り着き新たな人生をスタートさせた人も多い。杉原氏が救った難民の子孫は、こんにち約4万人と推定されている。 会場に集まったのは地元の人々で多くはユダヤ系の人々だ。何人かと話をしたが、いずれも杉原氏の功績についてはこれまで知らなかったと言い「素晴らしい話だ」「音色に感動した」と話した。 AN INTIMATE PRELUDE TO A CONCERT FOR SUGIHARA ジャパン・ソサエティー&ホロコースト記念館「アメリカン・ソサエティー・フォー・ヤド・ヴァシェム」共催 ### Text and some…

【独占インタビュー】「バカ殿やSMAPが大好きだった」日本育ちの米芸人、アツコ・オカツカ

昨年12月に配信開始したHBO MAXオリジナル『Atsuko Okatsuka: The Intruder(ザ・イントゥルーダー)』で、全米を笑いの渦に巻き込んだアメリカのお笑い芸人、アツコ・オカツカ(岡塚敦子)さん。 ビヨンセの曲と共に艶めかしく腰を下ろすドロップチャレンジ(Drop Challenge)も、ソーシャルメディアで話題になって久しい。 日本で育ち10歳で渡米したというオカツカさん。幼少期の話やコメディアンになった経緯、日米のお笑いの違いについて聞いた。 ■ 千葉で育った幼少期 ── 幼少期の話からまずお聞かせください。 日本人の父親と台湾人の母親の下、私は台北市で生まれ、生後3ヵ月で父の住む千葉県に家族で引っ越しました。両親はその後離婚し、化石燃料技術者として働いていた父は定年退職後、バリ島(インドネシア)に住んでいます。そんな父が今年の春に日本に一時帰国するというので、私も数年ぶりに日本に行き父と再会する予定で、今からとても楽しみです。 父は私がコメディアンとしてアメリカで活躍していることに大変驚いていますが、同時にとても喜んでくれています。私のスタンダップコメディは英語ですが、日本をはじめ世界中から反響があるので私自身も驚いています。 ── 10歳で渡米したそうですね。何がきっかけだったのですか? 統合失調症の母が体調を崩したことがきっかけです。憶測ですが、おそらく文化や言葉の違いで日本に適応できなかったんだと思います。祖母がより良い環境を求めて母と私をアメリカに連れて来たんです。でも当時、私は引っ越すなんて思いもしませんでした。だって「2ヵ月バケーションに行くわよ」と言う祖母について行っただけですから。 アメリカ生活は突然始まりました。英語も話せないしカルチャーショックは大きいしで周囲に馴染めず、日本の父親とも会うことができず悲しい思いをしました。母親の症状は相変わらずで、私は子どもながらに母の面倒もみていました。 でも今考えると、このような辛い体験をしたからこそ、私はコメディアンになったんだと思います。自分が大変だった分、人には笑いと活力をもたらそうとしたんです。 これはステレオタイプな見方ですが、スタンダップコメディアンは幸せな人生からは輩出されないと言われています。「辛い体験があったからこそ人を笑わせ楽しい経験をもたらすことができる」、そういう風に言われているんです。 嬉しいのは、お客さんからいろんなリアクションがあることです。「パンデミック中に落ち込んでいたけどあなたのコメディで救われた」とか「大笑いしてハッピーな気分になれた」などのコメントが来ます。それを聞くたびに、私は今このように人を笑わせることができるようになったのだと嬉しく思います。 ── あなたの話を聞いてアメリカのラッパーたちを思い出しました。ラップも貧困という困難な環境から生まれた才能ですよね。満ち足りた生活からあのような芸術は生まれてこなかっただろうから。 なるほどね、確かに。素晴らしい芸術は自分が心から表現したい気持ち、そしてほかの人にも伝えたい、与えたいっていうそのような気持ちから湧き出るものですよね。そしてそのような芸術を鑑賞し、良い芸術か否かの判断を下すのはいつもお金がある層ですね、皮肉なことに。 ── 千葉に住んでいた頃の話もお聞きしたいです。日本というと、まずどのようなシーンを思い出しますか? 盆踊りが大好きでした。あとは公園とか最寄りの南行徳駅、富美浜小学校など。記憶違いかもしれませんが高島屋だったかな、デパートの屋上が遊び場になっていて鯉がいる池で餌をあげたり。子どもの頃の写真は動物に餌をあげているシーンばかりで、友人との写真はほとんどありません。私は同じ世代とつるまない風変わりな子どもだったので、やはりコメディアンの素質は当時から十分にありました(笑)。 あと思い出すのは食べ物です。働き者の父は仕事の帰りがいつも遅かったけど、家に遊びに行くと夕食を作ってくれて、私の好物は温めたらできるカレーでした。熱いからぐちゃぐちゃかき混ぜてフ~フ~冷ましながら食べたりね。今でもコメディの仕事から夜遅く帰るとカレーが食べたくなるんですよ。私はもうアメリカ人だからチーズを載せますけどね(笑)。 『クレヨンしんちゃん』や『ちびまる子ちゃん』もよく観ていました。SMAPや日本のお笑いも好きでした。お笑いタレントで好きだったのは志村けんさんです。子どもにはやや大人っぽい内容でしたが「バカ殿様」や「変なおじさん」は大好きでした。渡米後もYouTubeで「天才!志村どうぶつ園」をチェックしたりもしました。 日米のお笑いは少し違います。日本のお笑い芸人は芸能事務所に所属し、長い間第一線でい続けますよね。そしてネタはフィジカルユーモア(体や動き、見た目)で表現するものが多いですね。一方アメリカのお笑いは言葉そのものによるジョークが多いです。それでも私は子どもの頃に見た日本のお笑いが好きだから、自分のスタンダップコメディでは時々フィジカルユーモアを使うんです。 ■ 米国でお笑いの世界へ ── コメディアンとして始動したのは2008年だそうですね。小さい頃からの夢だったのですか? 子どもの頃はコメディアンという職業があることすら知らなかったです。 お笑いに興味を持ったきっかけは、15歳の時に観た、同じアジア系女性スタンダップコメディアンのマーガレット・チョー(Margaret Cho)のステージでした。DVDで観て、なんて面白いんだろうって感動しました。彼女は音楽や演出など一切なしで、1時間ぶっ通しで喋り通し、観客を引き込むんですよ。 私のデビューは二十歳の頃で、ロサンゼルスのコメディクラブ「コメディユニオン」の舞台でした。いざ自分がお笑いの世界に入り、プロとしてやるとなると大変でした。日本では養成所に入ったり芸能事務所に入ったりすることからスタートすると思いますが、アメリカではまずスタンダップコメディのクラスを受講します。そしてオープンマイク(飛び入りで参加するステージ)を経験し、コメディクラブのオーディションを受け、オーナーに認められると出演の機会が増えます。自分で劇場を予約したりチケットを売ったりして、自分で自分のショーを始めるんです。時にはほかのコメディアンにコラボを依頼し、多くの人の目に触れる機会を作ったりもします。 途中で学校に行ったり休憩をしたりもしたので、お笑いのキャリアは通算13年くらいになります。最初は自分のお笑いに自信がなかったから「本当はそれほど面白いと思われてないんじゃないか」と疑心暗鬼になったり「きっとテレビのお笑いのアジア系枠は1人分しかないだろう」などネガティブな気持ちになることもありました。この世界では、ほかのどの芸人とも被らない自分だけのオリジナルの芸風が見つかるまで10年かかると言われています。私も自分のスタイルを確立し、自分流でこれで行けると自信が持てるようになるまで、9年ほどかかりました。 ── 普段、笑いのネタはどこからくるのですか? スタンダップコメディ界では「ネタは怒りから」とよく言われます。私も普段の生活でモヤっとしたことをコメディに落とし込むことは多いです。また夫との会話や日常生活で「これ面白い!」と思ったことも取り入れます。 私は人の心理や人間性に興味があるので、哲学や葛藤の中で人がどのように振る舞うかなどを考えることは、笑いのテーマや構成を考えるのにとても役立っています。 ── ブレイクを実感したのはいつ、どんな時でしたか? 所々であるのですが、まず変わった体験で言うと、2019年にロサンゼルスで行ったステージです。ショーの途中でマグニチュード7.1の地震が起こったんです。予期せぬ出来事でしたが、そんな中でも私はお客さんを気にかけながら笑いを取ることを忘れませんでした。それが話題となり動画が多くの人の目に止まり、知ってもらえるきっかけになりました。 2020年には『Let’s Go Atsuko!』(動画プロジェクト)の放映権が売れ、テレビ出演の機会も増えました。ステージの場数を踏むと、自分が落ち着いてリラックスできるようになります。自分がゆったり構えると、観ているお客さんもリラックスして心地よく観てくれるんだとわかってきました。ステージで100%自信を持てるようになるまで長い時間がかかったけど、途中で諦めず自分の好きなことを続けてきて、今に至ります。 パンデミック中も多くの人に知ってもらうことができました。暗い日々に人々が渇望したのはお笑いでした。そして私は随分とソーシャルメディアに助けられています。SNSのツールによって私のお笑いは全米のみならず世界中に無制限に広がっていきました。 ── 最後に今後の抱負をお聞かせください。 今年も引き続き、皆さんを笑いの渦に引き込んでいきたいです。3月まで全米ツアー中ですが、同時に新たなコメディ番組の制作に入っているところです。 その合間に訪れる日本も本当に楽しみです。滞在中は父と再会したり、夫に私が育った街を見せて回ったりする予定です。なんせ2016年以来の日本です。恋しい気持ちが募っていますから、きっと感傷に浸る旅になるでしょう。 日本の方にももっと私のことを知ってもらえるきっかけがあれば嬉しいです。まだ多くのファンがいるわけではないので、私のジョークに触れる機会が増えればいいですね。希望としては秋ごろにまた日本に戻り、大きなステージができたらと考えているんです。あるプロデューサーの方が、私がお笑い養成所で日本のお笑いを学んでステージに立つドキュメンタリーを作りたいって言ってくださっています。今後どう動いていくでしょうか。楽しみにしていてください!…

値上げラッシュ、インフレ進む米国でも以前より「安くなったもの」がこんなにあった! 

日本では値上げラッシュが毎日のように伝えられるが、アメリカでも日本以上の値上げラッシュが起こっている。 米国農務省(USDA)による経済調査サービス(ERS)の最新の報告によると、食品におけるCPI(消費者物価指数)は昨年11月から12 月までの上昇率が0.3%と高止まりの傾向が見られるものの、食品価格は2021年12月に比べ1年間で10.4%(スーパーマーケットでの食品価格は11.8%)も高くなった。 中でも値上がりが顕著なのが卵。鳥インフルエンザの影響で価格が高騰し、アメリカではエッグフレーション(Eggflation)なる新語も生まれるほど。もはやスーパーには12個入りのもので5~12ドル(640円〜1540円)の高級卵しか残っていない。ERSによると、価格は1年前と比べ32.2%上昇したとある。 スーパーの卵売り場には、どこもこのような張り紙が出されている。「卵生産業界で前例のない供給不足となっているため、ご希望の商品がない場合があります。供給不足を緩和しできるだけ早く通常の供給レベルに戻れるよう取り組んでまいります。心からお詫び申し上げます」 エッグフレーション関連記事 探せばまだある「価格が落ちたもの」 そんな物価高のアメリカにおいても、探せばまだ安いものはある。 詳しくは、昨年の拙稿を参照してほしい。 物価高騰のニューヨーク、じつは探せばまだこんなに「安いモノ」が残っていた!(マネー現代) この記事で紹介した「これまでずっと安いもの」とは少し違い、コロナ禍以降に「価格が落ちたものがある」と主要メディア、NPRは先月28日付のポッドキャストで報じた。 NPRの担当記者は米中貿易戦争の影響を調べるため、2018年以来、米小売最大手のウォルマートの同じ店舗に通い続け、価格の推移を記録した。 ウォルマートとは? 関連記事 担当記者はこの間、ウォルマートで売られているありとあらゆるものの価格を比較し続けた。その結果、全体的に商品価格がコロナ禍前と比べ23%も上昇したことがわかった。また、シュリンクフレーションと言われる内容量の減少も身を以て体験したようだ。 ただ意外だったのが、筆者も気づかなかったが、中にはコロナ禍前より「価格が安くなったもの」も存在するという。 以下のものは、2019年よりも現在の方が安い。 あくまでも、ウォルマートでの価格比較ではあるが、ウォルマートは大手でアメリカのスーパーの代表格であるから、この店での価格の推移はアメリカの一般的な価格推移と言ってほぼ間違いないだろう。 価格が落ちた理由はさまざまだが、例えばスクリュードライバーについては、このような理由があるようだ。 「ウォルマートは、工具のビッグブランド、スタンレー(STANLEY)社の商品を取り扱っているが、PB(プライベートブランド)であるハイパータフ(Hyper Tough)を作ったことで、より安く提供できるようになった」 またこれはウォルマートに限らないが、テレビ本体の価格が年々安くなっているのは周知の通りだ。さまざまなメディアが関連記事を出している。 アトランティック誌の記者は、「自分が子どもだった1980年代のテレビは、1メートルを超える立方体で、木製の箱に収められ、電子機器というより家具や家宝のような存在だった」と振り返る。 「昔はかなり高額だった。当時の販売価格は約800ドル前後。これは現在の価値で換算すれば2500ドル(約32万円)ほどになる」 新車の価格は10年前と比べほぼ横ばいだが、同誌によると、食品や医療などほとんどの価格は2000年以降に80~200%上昇した。一方、テレビの本体価格だけが97%も安くなった。 「65インチのサムソン製テレビが4年前は3400ドル(約43万円)以上したが、同じ商品が昨年は900ドル(約11万円)になった。ソニー製のテレビは昨年2300ドル(約29万円)だったが、現在は900ドル未満で購入できる」(WRDW) なぜ、テレビがこんなに安くなったのだろうか? まず、若い世代がテレビを観なくなり、需要が減りつつあるというのは理由の1つだろう。筆者の周りでもZ世代やミレニアル世代の多くは、テレビ自体を持っていない。代わりにテレビより利便性で優れ、たった数百ドルのアイパッドの方が需要は大きい。固定された場所にあるテレビと違い、ソファやベッドの上など好きな場所で映画やドラマ、スポーツを視聴できるツールに需要は流れている。 アトランティック誌によるとほかに、少数の大企業が独占するスマートフォン市場に比べると、テレビは大規模な競争市場のため、価格の下落が実現できるという。 さらに価格下落の理由の1つに、販売に頼らない『購入後の収益化』があると、前述のメデイアは述べる。 「各メーカーは視聴者が観ている番組を追跡し、その情報を広告主に販売することができる」(WRDW) 「今やインターネット機能のないテレビを見つけることは不可能に近い。デバイス(スマートTV)を安く販売する代わりに、視聴内容をリアルタイムで記録し、収集したデータを広告主に売ることで利益率を補っている。無料でサービスを提供する検索エンジン、SNS、電子メールのプロバイダーのようなものだ」(アトランティック誌) このような理由で、価格高騰の波に負けず、テレビの本体価格も近年、大幅な値下げが実現できているというわけだ。 インフレ関連記事 Text by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人「ニューヨーク直行便」(c) 安部かすみより一部転載)無断転載禁止

物価高、インフレ進む米国 思わぬ食品、卵が「高級品」の仲間入りのワケ

先日、ニューヨークの友人とこのような会話になった。 「何でも値上がりで嫌になるわよね」 「卵が9ドルよ、9ドル!牛肉が7ドル。牛肉より卵が高いって、一体どうなってるのよ!?」 厳密に言うと、牛肉も卵も重量や質によって価格はマチマチだが、それでもここ1年の卵価格の上昇率は尋常ではないと感じていたので、友人の指摘はごもっともだと思った。 日本でも日々価格高騰が伝えられるが、アメリカ、特にニューヨークやロサンゼルスなどの大都市での価格高騰は日本の比でないほど顕著だ。今やラーメンはチップも含めると20ドル(約2600円)以上は当たり前。並みのレストランやフードホールで軽くサンドイッチを食べても、だいたいそのくらい。観光客が行ったファミレスでちょっとしたパンケーキセットの朝ごはんが2人で8000円だったとも伝えられている。 観光客が行く店は、地元の人が普段使いするそれより一般的に価格が高い傾向があるが、それでも地元民が普段使いする飲食店やスーパーでも価格が上昇したことは日々実感中だ。 ここで特に気になるのは、冒頭に書いた尋常でない卵の価格高騰である。 スーパーでは肉や魚、パン、バター、シリアル、スナック菓子など食料品全体の価格が跳ね上がっているが、上昇率が尋常でないのが「卵」なのだ。 インフレ前は一般的なスーパーで、1ダース(12個入り)2~3ドル台(約300円前後)の商品が主流だったと記憶している。しかしここにきて、主流商品は5~7ドル(約642~899円)に、中には9ドル~12ドル(約1155~1540円)近くする高級品のようなものまである。今やアメリカでは、卵そして卵を使った料理は歴とした「高級品」である。 昭和時代の戦後間もない時、アメリカでも昔は高級品だっただろう。しかし時代は21世紀。卵は卵である。筆者は今の所最安値から1つ上のランクの5、6ドル台の商品を選ぶことが多く、それで満足している。1600円近くする卵には到底手が届かない。一体どんな飼育方法で生まれ、どんな味だろうかと思いを馳せる。 「なぜ卵の価格がこんなに高いのか」米誌が解説 なぜ卵の価格がここまで上がってしまったのだろうか? カリフォルニア州で12個入りの卵が7.37ドル(約946円)に値上がりしたとして、食関連のマガジン『フード&ワイン』は13日、「なぜ卵の価格がこんなにも高いのか」という記事を発表した。 アメリカ労働省の今月の消費者物価指数によると、家庭の食料品価格の上昇を示す波は横ばいに落ち着いているが、卵1ダースの価格だけが上がり続けており、前年比で59.9%上昇したという。昨年11月から12月にかけての上昇率は著しく、11.1%も跳ね上がった。平均価格は2021年12月の時点で1.79ドルだったのが、昨年11月の時点で3.59ドル、12月で4.25ドルになった。 卵の価格を押し上げる要因はいくつかあるが、最大の要因は進行中の鳥インフルエンザの流行だという。アメリカ農務省の発表では、46州で約5800万羽のニワトリや七面鳥が鳥インフルエンザに感染し殺処分されたことで、産卵鶏の数は5%減少した。これが供給に影響しているようだ。 また卵の価格高騰の理由はほかにも、燃料費、鶏の飼料費、卵のパッケージの包装費などの上昇が関係している。 ニューヨーク市内のスーパーの卵売り場では、このような張り紙も見るようになった。 「現在、全米で卵不足による価格高騰が続いています。これらの供給の課題に対処するためできる限りのことを行っています。ご理解に感謝します」 また卵の価格高騰の影響を受けているのは一般の消費者だけではない。飲食業界の経営者にも頭が痛い問題だ。 同誌は、「卵のコストが週750ドルから2500ドルに跳ね上がった」と頭を抱える飲食店の経営者や、メニューの値上げを踏みとどまっている別の経営者のコメントなどを紹介している。値上げの踏みとどまりの理由は、「消費者が、この価格高騰の裏でいったい何が起こっているのかをどこまで理解しているかわからないため、闇雲にメニュー表の値上げに踏み切ることをためらう。新規客に気軽に店に来てもらいたいから」。 飲食業界の悲鳴は、日本もアメリカも同じようだ。 インフレ 関連記事 Text by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人「ニューヨーク直行便」(c) 安部かすみより一部転載)無断転載禁止

米国で囁かれているメーガン夫人とオノ・ヨーコの「意外な共通点」

昨年12月のネットフリックスの『ハリー&メーガン』公開に続き、ハリー王子の回顧録『SPARE(スペア)』が今月10日に発売されるにあたり、アメリカでは連日、ハリー王子とメーガン・マークル氏(サセックス公爵夫人)の報道が過熱している。 回顧録ではウィリアム皇太子の暴行疑惑やハリー王子が軍隊在籍時に25人の敵兵を殺害したことなどショッキングな暴露の連続で、報道は過熱する一方だ。普段ならゴシップを取り扱わないCNNやCBSのニュース番組までもがハリー王子夫妻と英王室のスキャンダルを取り上げる始末。 筆者の周りでも、女性の友人との会話で、英王室スキャンダルの渦中にいる同夫妻の話題が少しずつ上るようになってきた。 筆者の実感としては、イギリス人はこの話題に熱い。一方で一般のアメリカ人は割とクールに捉えているようだ。例えば先日、あるホームパーティーで、このゴシップネタが話題に上がった時のこと。イギリス出身で長年アメリカに住む知人は夫妻が次々に投下する爆弾発言に不快感を示し、このように言った。 「(メーガン夫人は)何でも人種差別問題にリンクさせるから、いけ好かない。被害妄想が大き過ぎる!」 一方アメリカでは、#ShutupMeghan #ShutUpHarry(黙れ、言葉を慎め)がツイッターのトレンドワードになる一方で、実際に人々に話を聞くと「あまり気にならない」「メーガンは嫌いではない」という意見が目立つ。王室制の国とそうでない国、また人種差別問題が身近にあって敏感であるかどうかなど、国民性が大いに反映されるトピックだと感じる。 そんな中、ABC局のトーク番組『The View(ザ・ビュー)』でも、同夫妻と英王室のスキャンダルの話題で持ち切りとなった。コメディアンのジョイ・べハー氏はメーガン夫人を擁護する立場で、このように口火を切った。 「王室の誰もがメーガンをヨーコ・オノのように扱っているように見えます」 さらにこのようにコメントを続ける。 「ビートルズを解散させたと言われたヨーコ・オノは一瞬にしてのけ者になった。今起こっている(ハリー&メーガン夫妻の)騒動と似ています。言われていることがすべて本当ならの話だけど、ウィリアム(皇太子)はなぜメーガンにそんなに腹を立て、ハリーをも追い立てているのか、奇妙ですね」 オノ・ヨーコ(小野洋子)氏と言えば、日本出身の前衛芸術家で今もニューヨークのダコタハウスに住む。一世を風靡したビートルズのジョン・レノンの妻だ。ヨーコ氏はビートルズを全盛期に解散に持ち込んだ人物として、全世界のファンを敵に回したことでも知られる。当時はファンの間で「いけ好かない女」の代表格とされていた。 御年80歳になるべハー氏は、ビートルズが解散した1970年、28歳だった。言うなればちょうど「ビートルズ世代」ということになる。 関連記事 ビートルズ解散から10年後の1980年12月8日、当時40歳だったジョンは、ニューヨークの住居、ダコタハウス前でファンに射殺された。 ヨーコ氏が60年代、70年代、世界に及ぼした影響がどのくらい大きなものだったか想像できるだろうか? きっと若い世代の人にとってその想像は容易ではないだろう。現代版であえて例えるならば、「BTSの中心メンバーの1人がどこか遠い国の女性アーティストと恋に落ち、その女性がBTSの音楽活動に次第に首をつっこむようになり、グループの今後の活動に影響を与えてしまうほどの存在に成り上がり、最終的にその女性の存在や活動がきっかけでBTSが解散してしまう」くらいの衝撃だったと説明すれば、わかり易いだろうか。当時のヨーコ氏はそれくらいの激震を世界にもたらした人物だった。 今でも、アメリカの年配者に「ヨーコ・オノ=日本人の魔女的なイメージ」は残っており、「日本人」というワードからジョン&ヨーコを連想する、なんていうのも決して珍しいことではないのだ。 つまり、英王室を英国出身のビートルズとなぞらえ、そのグループを引っ掻き回す存在を、外野からやって来た外国人女性、メーガン氏をヨーコ氏となぞらえたべハー氏なりの比喩であった。 ところでヨーコ氏と言えば、筆者はこれまで2度見かけたことがある。1度目は講演会、2度目は個展だった。2015年9月、MoMA(近代美術館)での個展の最終日、突如来場者の前に姿を見せたヨーコ氏。小柄で可愛らしい印象だった。筆者は近くまで寄ることができたので日本語で話しかけたところ、英語で返答された。アメリカに移住しすでに長い年月が過ぎており、日本語をいっさい使わない生活なのかもしれない。 そして、ヨーコ氏が本当にビートルズを解散させた人物であるのか否かについては議論が分かれるところだが、筆者が聴講した2007年の講演会で、ヨーコ氏はこのように自身の言葉で語っていたのが印象的だった。 「ジョンのことをムリやり手繰り寄せてもいないし、何を言ってもメディアはでっち上げるから悲しい」 真意のほどはわからないが、騒動についてはメーガン夫人も同じような心境にあるのかもしれない。 関連記事 筆者は以前、ニューヨークでオノ・ヨーコ氏の講演に行ったことがある。また美術館で偶然彼女に会い、握手をしてもらったことも。 トーク番組『ザ・ビュー』の話に戻るが、べハー氏は共演者に「マークルが英王室騒動の責任を負う人物と思うか?」と尋ねると、コメンテーターのアナ・ナヴァロ氏は「あらゆることがゴシップとして取り上げられている。現実はより暗く悲しいものだろう」と語った。また「悲惨な家族単位の崩壊が目の前に見えている。ネタ、エンタメとして取り上げられるゴシップで、王室のことだけどそれは家族の話題でもある。これだけ世の中に騒がれてしまい、傷(家族関係の亀裂)が癒えるのは難しいのではないか」との見解も示した。 べハー氏は「彼女に対する暴言は鼻持ちならない。信じがたいほどの虫酸が走る」と、番組内では終始、メーガン夫人を擁護する姿勢を崩さなかった。筆者が感じる一般的なアメリカ人のリアクションと通じるものがある。 ハリー王子の回顧録の発売まであと数日。発売後、夫妻と英王室を取り巻くゴシップの炎がさらに過熱することは必至だ。 関連記事 関連動画 ジョン・レノンが殺されたダコタハウス周辺の「今」 Text by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人「ニューヨーク直行便」(c) 安部かすみより一部転載)無断転載禁止

2023年元日

明けましておめでとうございます!平和で愛にあふれた健やかな1年になりますように。 この写真は年末のパピーミル犬の写真ですが、ずっと暗くて狭い所にうずくまっていたのに、飼い主から愛情をたっぷり受けたら、明るいところに出てきてこんなに体を広げてリラックスできるようになりました。 愛の力ってすごい!って改めて思ったところです。 今日はニューヨークは元日。お天気が良く、お散歩が気持ちいい1日でした。野良猫が擦り寄ってきたので可愛かったです。野良猫と思っていたら…飼い主さんがいたみたいで(隣のグロッサリーの店員さんが)出てきたのでお話しました。ルナちゃんていう名前だそう。犬も猫も言語はないですが、人間が言っていることをよく理解しているなと感じます。 なんでも最初が肝心、ということで、今年1年を超絶最強のパフォーマンスにできるよう、今年取り組もうと思っていることを元日から始めました(サンサンと降り注ぐ朝日を浴びながらの朝のお散歩、TO DO LISTの見直し、体重測定&エクササイズ(→ただ痩せたいのではなくカーヴィーを保ち引き締めるべきところだけ引き締める)、こまめな掃除やものを増やさないなど快適な住居環境など)。また私の人生に不要だと思うもの(お酒やタバコ、SNSの使い過ぎ、下らないことに執着したり時間を割くこと、など)は引き続き今年も避けます。やるべきことをコツコツ積み上げ、やらなくていいものをやらないのは、とても気分が良いものです。またお日様からもらうパワーもなかなか侮れないです〜。 新しいことをするのも気分が良いです。今年も新たなことに取り組みます。チャレンジすることを忘れない。ダメだと自分で勝手に決めつけない、諦めない。 今年も必要と思う人やところに惜しみなく「与える」人でありたいなと思います。与えるのは別にお金や物のみならず、親切や思いやり、愛情などそういうことも含めてです。 ということで、今年も1年よろしくお願いいたします! 安部かすみ(2023年元日)