虹の橋を渡ったフランスおじいちゃん猫。この出会いが私にもたらしたもの、そして学び

  • Photo: 生前のウッディくん(2024年8月)。(c) Kasumi Abe

友人の猫、WOODY(ウッディ)が旅立ちました。17歳の生涯でした。

飼い主ポリーヌが10年以上前、一緒にフランスから渡米した猫で、彼女にとっては掛け替えのない存在でした。

17歳と言えば人間で言えば80代のおじいちゃん。健康状態はそれほど良くなく腎臓が悪いのかすごく水を飲み、背骨が浮き出るほどやせ細っていました。

また昨年末、急に目の瞳孔がガッと開いたかと思えば痙攣が始まって、この時ばかりは「詰んだ」と思った。猫なんてほぼ飼ったことがない私ですから痙攣なんて知識ゼロでそんな恐ろしいことが目の前で起こるなんて知る由もなかった。後で調べると死期が近いそうで。覚悟はしていました。今月に入って食べなくなったと聞き、気が気じゃなかった。

私が最後に会ったのは4月中旬で、そのころはまだ元気な一面があり、餌のあるキッチンカウンターに毎回ジャンプできるくらい体力はあった。強いおじいちゃん!good job! You did it!! かっこいい〜!!って毎回褒めると、彼は心なしか誇らしげな顔をしていたようなしていないような…(笑)。

気高くて凛々しい、そして頑固で媚びない(たまに面白い)フランスのおじいちゃん猫でした。そして自分の猫ではないので親バカとは違いますが、この写真の表情は相当かっこいいと思う。(c) Kasumi Abe

私とウッディとの出会いは昨年春の取材でした。

ウッディ家族と素敵なブルックリンのおうちを取材したご縁です。取材の縁は友人から、つまりミューチャルフレンド。

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「ニューヨークのおうち訪問。米仏クリエイター夫妻が子ども達と暮らす、本に囲まれたブルックリンの築140年アパートメント」

この取材後、私たちが隣町ということもあって飼い主ポリーヌからたまに、留守時にウッディたちの面倒を見てもらえないかと相談されるようになり、犬猫を飼ったことはないけど動物好きなので二つ返事でOK。スケジュールの都合がつく限り、私にできる範囲のお世話をしていました。

日本ではどうかわからないけど、アメリカでは「お泊まり」で面倒見たりということも普通にあるんですよ。年に数回のバケーション感覚で楽しんでいました。

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さて、ウッディおじいちゃん。

性格はおっとりしていてツンデレ。すぐに仲良しになりました。

最初は警戒されたけどしばらくすると懐いてくれて、膝の間に座ってくれたりフミフミしたりもするように(じんわり伝わる体温や心地よい圧迫感でこちらも幸せな気持ちになるんですよね…)。

シャワーを浴びてドアを開けるとすぐそばでじっと待ってくれてたり、なんだこの忠誠心や健気さは!とメロメロ。

かと思えば、決してべったりしすぎず、呼んでも知らん顔で去られたりとツンデレ。人間関係に落とし込むことで人を惹きつける最強の人になれそうというのは、彼を通して学んだこと。

そしてせっかく仲良くなったと思ったのに、会わない期間があくと再会時に少し距離ができる。あれ?と、私も人の子ですから最初は少し落ち込みます。でもなるほどね、これが本来の姿よねって、そういうことも彼が教えてくれた。人間は無理して合わせようとしますが、そもそも会ってないんだから距離ができて当たり前。動物って正直で、わかりやすくて良いです。

キッチンカウンターのこの場所が彼のお気に入りスポットだった。洗い物していると彼はいつもここでチリング。亡くなる1ヵ月強前に撮影。尻尾が垂れてます(写真背後は加工)。(c) Kasumi Abe

ウッディの思い出話は続きます。

彼はこう見えて面白い一面もありました。

一つエピソードとして、彼は水を自分のボウルから絶対飲まない頑固さがあった。飲むのはタップウォーターのみ。しかしある日、同居している犬(4歳のアーチーくん)の水のボウルにうずくまっているからどうしたんだろう?と覗いてみると、なんと留守中のアーチーくんのいつ変えたかわからんような水をぺろぺろ飲んでいるではないか!友人に報告すると「彼はコントラリアン(あまのじゃく)なフランス男なのよ〜」だって。笑い合った。

またウッディを通して知ったもう一つの重要なこと、それはdepression(鬱)は動物の一部だということ。皆さん、動物がうつになるのはご存知?私は以前パピーミルから救出した保護犬がうつ?人間嫌いで隠れる?姿を見たことがあるけど猫もうつになるとは知らなくて。ウッディは時々うつで、私にほとんどかかわってこない期間がありました(冬季)。家族の不在時、暗い奥のベッドルームで一人じっとしているだけ。最初は、そんなに一人になりたいならはいどうぞって思っていたけど、途中でこれは病気だってわかった。猫でさえうつになるんですよ。うつ/気分の落ち込みってやつは人間を含む動物につきものなんですね。

とにかくウッディとの時間は短かかったけどいろんな思い出があり、彼はたくさんのことを教えてくれた。短い関わりでこんなに心をもっていかれるんだから、猫好きな人はどれほど愛猫から愛情をもらい、失ったときの喪失感が大きいことか。

そんな私にとってのNice Buddyが虹の橋を渡ったと聞いて彼との日々を回顧し、そして不覚にも涙に暮れていたのです。私はわりと幼い頃から生と死を考える機会があり死は特別なものではなく身近なものとして捉えています。そんな私でも、この世にあのウッディがもういないという酷な現実は心にズ〜ンとくる(たかがペットされどペット、ですね)。

このやり場のない気持ちを飼い主のポリーヌを紹介してくれたミューチャルフレンド(ペット好き)に話したところ「もう会えない悲しさはある。でもそれでもWOODY君と知り合えてよかった」って。

この言葉は深い。

確かに、別れが悲しいから出会わなければ良かったかって言うと決してそうではない。むしろ悲しい結末だったけどやっぱりそれでも出会えて良かった、一緒に時間を過ごせて良かったと確信している。

改めて思うのは、悲しみも充実した人生にはつきものなんですよね。だって楽しかった記憶があるから失ったときにその分悲しいわけで、振り返ると離れてみてそんなに悲しい気持ちになるほどの誰かと出会えた人生はやっぱり良かったと思うわけで(人間も同じです)。

ご縁は一期一会。

そして世は諸行無常。川の流れのように。何一つとてずっと同じではありません。

だから生かされている今、いただいたご縁を大切に生きていこう。

ウッディとは前回、なんとなくあまり長くないのかなと直感で感じたので「頑張って生きろよ」って声かけながらハグして別れたけど、この時の彼の体温や鼓動は今も記憶にある。人も動物も死んでも魂は永遠だから、これからも彼は私の心の中で生きていく。

短い間だったけど出会えてよかった、ありがとう。

“Repose en paix, Woody”


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記事やラジオを通して一貫して「ペットをショップで買わない」を訴えています。日本でもこの考えが広がりますように

Text by Kasumi Abe 本記事の無断転載禁止


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