アメリカでは、ハワイの30代の女性がロサンゼルスを経由してニューヨークに向かう途中に行方不明になる騒ぎとなっている。その女性を探してロサンゼルスに渡った父親が24日、遺体で発見されるという急展開の出来事が続き、謎が謎を呼んでいる。 情報が錯綜しわかりにくい出来事として伝えられている。ここではロサンゼルス・タイムズなど米メディアで報道されている現段階の情報を、時系列にまとめてお伝えする。 コバヤシさんの失踪の経緯 ハンナ・コバヤシ*さんは、今月上旬にマウイ島からニューヨークへ向かう途中、ロサンゼルスで行方が分からなくなった。 11月8日 コバヤシさんは、死ぬまでにやってみたいことをリスト化した「バケットリスト」の実現のため、ニューヨーク州北部の叔母を訪ねる予定だった。マウイ島を出発した彼女は今月8日、LAX(ロサンゼルス国際空港)に着陸したことは監視カメラの映像でわかっている。しかし約40分後に予定されていたニューヨーク行きの乗り継ぎ便に搭乗しなかった(乗り遅れたのか自発的に乗らなかったのかは不明)。 11月9日 コバヤシさんは家族にロサンゼルス観光をしているとテキストメッセージを送っていた。モールを歩いていたという従業員の目撃情報もある。 11月10日 この日もコバヤシさんは再び同じモールに行ったと見られている。モール内のナイキのイベント会場を歩き回っている様子を自身のSNSに投稿していた。 11月11日 コバヤシさんはこの日、再びLAXに戻ったと見られる。地下鉄駅付近にいたり、空港で航空会社のチェックイン担当者と話をしたりなどの目撃情報があるが、ニューヨーク行きの飛行機には結局搭乗していない。 彼女は「空港へ…無事に到着」や「(省略)…私は無事…みんなのために。また連絡します」などといったメッセージを家族宛に送信していたとUSAトゥデイは報じている。 コバヤシさんがロサンゼルスのダウンタウンで身元不明者と一緒にいた様子が監視カメラ映像にあったという情報もある。 またこの日遅く、コバヤシさんから家族宛に、奇妙なテキストメッセージが送信されていた(後述)。 コバヤシさんの携帯電話はこの日を境にオフになり、携帯電話自体も見つかっていない。 さらに不可解な点 1- 11日、コバヤシさんは家族に宛て、無事に空港に到着したことやまた連絡するといった内容と共に、家族に「奇妙な」テキストメッセージを送信していた(例えば、コバヤシさんは家族をベイビーと呼んだりしないが、送信されたテキストにはそのようなワードや彼女らしからぬ絵文字が含まれていたなど)。 また奇妙なテキストメッセージの中には、自身のIDが盗まれたことや高度なスキルを持つディープハッカーに騙され資金をすべて持っていかれてしまい精神的に不安定な状態にあること、飛行機に乗れないなどという趣旨が含まれていた。 ほかにも、自分が愛していると思っていた人に騙されたなどという内容のメッセージもあった。 2- 11月24日 コバヤシさんの失踪後、ハワイから家族や友人がロサンゼルスに渡り、捜索活動をしていた。そんな中、コバヤシさんの父親、ライアン・コバヤシさん(58)が24日、遺体で発見されたのだった。 父のライアンさんは街中でチラシを配布したり、テレビニュースのインタビューに応えたりして、精力的に捜索活動をしているのが伝えられていた。 テレビカメラの前で、娘はこれまでもヨーロッパや日本を旅し家族と連絡を絶ったことはなかったとし、娘に向けとにかく連絡してほしいなどと力強くしっかりとした口調で、捜索を呼びかけていたのが印象的だった。このように父親を含む彼女の家族はボランティアと共に13日間懸命に捜索活動をしていたが、まさかその父親が亡くなるとは誰が想像しただろうか。 24日早朝、ライアンさんはLAX近くの駐車場で遺体となって発見された。自死と見られる。そしてハンナ・コバヤシさんは未だ見つかっていない。 点と点が繋がるのか? この出来事はライアンさんの死でさらに謎が深まっている。 この出来事で特筆すべきキーパーソンとして、急死した父親のほかにも、コバヤシさんの元彼氏の存在も伝えられている。もともとハンナ・コバヤシさんのバケットリストのこの旅は、元彼氏を伴い同じ旅程だったとCNNは伝えている。ただし(別れたため?)チケットの払い戻しをしようとしたがそれができなかったため、2人はニューヨークに到着後、別行動の予定だったという。 もう一点筆者が気になったのは、父ライアンさんの婚約者の存在だ。 アメリカではこのような困難な状況にある家族や遺族らを支援するためにクラウドファンディングが立ち上がることは珍しくない。ABC7ニュースはこの一連の出来事において、ライアンさんの死後に婚約者のために立ち上がったクラウドファンディングについて触れている。支援活動金の目標は1万ドル(約150万円)で、現時点で5000ドルを超える援助金が寄せられている。これがどのように婚約者やハンナ・コバヤシさんの捜索の支援に使われるのだろうか。 未だ失踪したままのコバヤシさん、娘を捜索中に急死した父親、その父親の婚約者、コバヤシさんの家族や友人、元彼氏、ダウンタウンで一緒にいたとされる身元不明者、コバヤシさんが愛していると思っていたけど騙したとされる人物などの存在がこの一連の出来事をますますミステリアスにしている。今後、どのように展開していくだろうか。 追加情報を入れています ↓ Text by Kasumi Abe (「日本名のハワイ在住女性が米旅行で行方不明。捜索していた父が自死の怪」Yahoo!ニュース エキスパート「ニューヨーク直行便」(c) 安部かすみより一部転載)本記事の無断転載禁止
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偽自衛官まで出没の能登半島地震の被災地。アメリカの被災地では起こりえない理由
能登半島地震の発生から10日以上が経った今、被災地では空き巣などの犯罪や迷惑行為がいくつも報告されている。 迷彩服姿で現地入りし、支援を装って家に不法侵入する「ニセ自衛官」まで出没しているというから驚きだ。 ほかにも、瓦の修理を申し出た業者に依頼したら高額請求されたとか、廃棄するしかない賞味期限切れの飲食物が大量に届けられたなど、耳を疑うような報道も流れてくる。被災地に無関係の国会議員からユーチューバーまでさまざまな人が現地入りする始末。 現時点で200人以上の人々の死亡が確認され、安否不明者も未だ多い。自宅や家族を失った人、地震による後遺症で健康被害を訴える人、寒さで夜も眠れない人もいる。今こそ皆が一丸となって力を合わせ復興へ向け取り組まなければならない時だろうに、被災者の足手纏いになるとは開いた口が塞がらない。支援活動の妨げに繋がるいかなる行動も慎むべきだろう。 しかし「来ないで」と言ったところで、自分の利益や目の前のことしか見えていない一部の人には真意は伝わらないようだ。筆者は複雑な思いを抱えながら、昨年9月に自分の目で見てきたハワイの被災地の状況を思い出した。そして「そもそも、なぜ無関係の部外者がこんなにも多く現地入りできるのだろう?」と不思議に思った。 オーサーコメント もちろんアメリカでも、都市部の大停電後に窃盗犯がやって来たなんていう話はある。一方で、私が見て来た「大規模自然災害の被災地」ではそれが起こらない、起こりづらい仕組み作りがなされていた。 昨年8月8日に発生したハワイ・マウイ島の山火事では、島北西部のラハイナ地区全体が消失し、一帯が焼け野原となった。死者は最終的には100人に上り、アメリカの山火事では過去100年強で最悪の死者数だ。 筆者がこの被災地(厳密にはその手前)を訪れる機会があったのは、山火事の発生から約1ヵ月後のこと。 マウイ島の被災地に到着するや否や、部外者は一切その中に入れないことを知る。 能登半島地震の被災地でさまざまな問題点が指摘されるこのタイミングで、自然災害の多いアメリカから、筆者はマウイ島の被災地での取り組みについて、写真と共に紹介したい。 もちろん、マウイ島の被災地と能登半島の被災地とでは被害の規模も状況も、法的効力もまったく異なるため同じことはできないだろう。それでも今降りかかっている問題を解決するために「できること」はまだあるはず。こんな取り組みも世界にはあるのだな程度に読んでいただければ何よりだ。 ハワイ山火事発生から43日後現地へ 被災地は「完全封鎖」されていた 筆者はハワイ・マウイ島の山火事発生から43日後の9月中ば、被災したラハイナ地区に向かった。しかし被災地に続く道路は、米軍により封鎖されていた。 設けられた検問所(テントがあるところ)の手前には、筆者のほかに現地の取材班の姿も。 テレビ局KGMB(CBS系列)と KHNL(NBC系列)による報道番組「ハワイ・ニュース・ナウ」のレポーターとカメラマン2人は、検問所の手前にカメラを設置し、これからレポートをしようとしているところだった。私が検問所の担当者に話を聞きに行こうと近くを通った際に目が合い、「中には入れないわよ」とやんわりと教えてくれた。2人が言った通り、検問所の米軍担当者も「中に入るには通行許可証が必要」と言った。彼らによると、ここに従来住んでいた居住者でも最近になってやっと中に入ることができるようになったばかりで、無関係の部外者は例え取材班でさえ中に入ることはできないという。 このようにこの被災地では部外者を完全シャットアウトしているため、政治家もユーチューバーも当然いない。もちろん悪質業者や犯罪者も中にはいっさい入ることはできない。 人の往来をシャットアウトしたのは、復興時の混乱を避けるためという理由だけではない。焼け跡の瓦礫から有害物質が出たためだ。だからこそ前述の通り、取材班も住民でさえも中には入れなかった。 山火事から1ヵ月が経ったこの時期はようやく、復興作業員に加え、近隣のホテルで避難生活をしている人のみ焼け跡の敷地内に定期的に戻ることが許可され始めたころだった。避難生活に同伴できないペットに餌を与えるためだ。 封鎖されていたのは道路だけではない。規制線が被災地を囲むようにぐるっと設けられていた。 山火事発生当時に、フォトグラファーが焼け跡で撮影した写真が新聞各紙に掲載されていた。鎮火前で、有害物質が発生している危険地帯にメディアの立ち入りの許可は当然出ないだろうから、おそらく個人の判断で規制線を勝手に越えて中に入って撮影したのだろうと察する。 このようにバリケードを張ったところで、部外者を完璧にシャットアウトできるかと言えばそうではないが(メキシコとの国境を見てもそれはわかる)、少なくともある程度のコントロールや統制はできるだろう。実際に、筆者はこの時、住民以外の部外者をまったく見なかった。 「バリケードの外」にある公園には、食品の缶詰から粉ミルク、生理用品まで生活に必要な無償の支援物資がたくさん置かれていた。それらは設置されたテントの中に整頓され、必要とする人がそこからピックアップする仕組み(手続きは不要)。このような支援物資は、州の担当者とボランティアが管理していた。 以上が、私がマウイの被災地周辺で見たものだ。 被災地に「来ないで」と言葉で自制を求めても来る人が減らずそれにより問題が集積する限り、被災地の自治体のリーダーは問題の発生源を「阻止」するための、言葉だけではない「何らかの具体策」を練ることが求められるだろう。 マウイ火災 関連記事 部外者が敷地内に入れない記事 Text and photos by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース エキスパート「ニューヨーク直行便」(c) 安部かすみより一部転載)本記事の無断転載禁止
マウイ島山火事から2ヵ月。被災地で新たな動きと復興の象徴「ウル」
ハワイ・マウイ島山火事から2ヵ月 ハワイ州各地で今年8月に発生した山火事から2ヵ月になる。中でもマウイ島北西部の人気観光地ラハイナは、街が全焼するなど特に甚大な被害が及んだ。 ラハイナでは8月8日、火が丘の方から数時間以内に周辺の住宅地や商店街に燃え広がった。火の手が上がったのは2170エーカー(約8.8平方キロメートル)で、少なくとも2200棟(うち86%は住居)の建物が損壊したと報じられている。 死者は最新の情報で、マウイ島だけで少なくとも97人。今も66人が行方不明になったままだ。 ハワイと筆者が住むニューヨークは同じアメリカ合衆国でありながら飛行機で約11時間もかかるほどの距離がある。よってどちらかの地域で災害や事件が起こったとしても、他方の地域ではまるで遠い国の出来事のように感じるのは致し方ない。8月の山火事についてもニューヨークの人々の受け止めは一様にそのような感じだった。 しかし私の心持ちは少し違った。発生した時点で奇しくもハワイ行きが予定に入っていたからだ。まるで爆弾が投下されたように街全体が一面焼け野原になった映像を見て背筋が凍り、気分が滅入る日が続いた。 さらに旅程が近づくにつれ「予定通りに行っても大丈夫なのか?」「果たして島は安全なのか?」と不安が増した。発生から27日目の9月4日にようやく鎮火したとの情報はあるものの、旅行サイトや航空会社からは「Is it okay to visit Maui right now?(マウイ島へ行っても大丈?)」や「Important information about your flight to Maui(マウイ行きのフライトに関する重要な情報)」という知らせが届くようになった。さまざまな情報をかき集め、このような情報に行き着いた。 さらに以下のような情報もあった。 つまり「旅行計画をキャンセルしないで」ということらしい。その一方で、ビーチで楽しそうに泳ぐ観光客の姿を尻目に、島の住民は複雑な心境になっているとも伝えられる。 おそらく観光客は少ないだろうと予想するが、どれもこれも現地に行かないことにはわからない。 アメリカ合衆国ハワイ州の地図 マウイ島(マウイ郡)の拡大地図 9月某日、鎮火後のマウイ島へ 山火事発生から1ヵ月が経った某日。私が予定通り搭乗した飛行機は、あと10分ほどでマウイ島カフルイ空港に到着しようとしていた。 飛行機は着陸態勢に入り高度が一気に落ちる。窓にマウイ島北西部の広大な景色が映った。一帯は山脈とその麓で全体的に黄土色だ。明らかにこの地が乾燥し干ばつ地であることが窺える。 無事、島に降り立つ。気温30度超え。青い空と美しい海、太陽の日差しはじりじりと暑い。人々はせせこましさがなく、大らかでおっとりした印象だ。店の対応も(ニューヨークに比べて)丁寧で良い! 通常運転の街、そして人々の様子を見て、少し前まで抱いていた心配が杞憂だったと感じた。空港、ホテル、観光地、ビーチとどこに行っても観光客で賑わい、報道で見聞きした被災地という印象をまったく受けない。ここはまさに「パラダイス」そのものだった。 陽気からの浮かれ気分は、島上陸後しばらく続いた。 北西部に行くまで・・・。 島北西部、ラハイナはこれまでの明るい光景から一転、同じ島とは思えぬほど世界が違った。 そこにはいまだ、火災の深い傷跡が残されていた。 私は被災地に向かう前、ハワイ在住の日本人コーディネーター、三谷かおりさんに話を聞く機会があった。三谷さんはテレビ取材の同行で複数回被災地入りをしており、ラハイナの最新事情に精通している。 被災前のラハイナについて、三谷さんはこのように教えてくれた。「もとは捕鯨の基地として19世紀前半に栄え、近年はマウイ島きっての観光の街でした。海沿いを走るフロントストリート沿いには店やレストランが並びとても賑やかだったんですよ」。 今は人影さえもない。どの住居も黒く焼け焦げ、屋根がなく、火災の強さを物語っている。かろうじて家具のようなものが残っていたとしてもそれが何だったのか判別がつかない。道路に残されたままの車両も黒焦げだ。 そうこうしていると、私はあるカップルに出会った。焼け跡に入って行く人影を見て住民だろうと多い、出てくる頃合いを見計らって声をかけた。 女性の方は私と目を合わせようとしないが、男性の方は何かを訴えたいような雰囲気で、私が声をかけると快く応じてくれた。 2人はこの地区に住んでいた夫婦で、今回の山火事により自宅を失った。 男性は火が燃え広がった8日について「とにかく朝からすごい強風だった」と振り返った。朝7時ごろから異変を感じとり、山火事の報を受け、正午過ぎには逃避を決めたという。火は一気に街を焼き尽くした。 火が街に燃え広がった原因は究明中とされているが、老朽化した送電線が強風で損傷し出火したとの見方もある。 「火が燃え広がったのはすぐそこからなんだ」。男性は自宅から目と鼻の先、現在進入禁止になっているすぐ近くの通りを指差した。「実は2018年も同じような火災が発生したんだ。そのときは規模が今回より小さかったけど」と言って、今度は逆の山の方を指した。住宅や店が集まっていた街のすぐそばに、このような乾燥した風景が広がっていることに驚く。このような証言からも、ここは火災が発生しやすい土地柄だとわかった。 あの日以来、夫妻は島のホテルで避難生活を送っている。そして男性はホテルから毎日、全焼した家に戻って来ているという。その理由は飼い猫と鶏に餌をあげるためだ。 「避難先のホテルではペットを今までのように飼えないから、毎日様子を見に来ているんだ」。この説明に、野良猫がやたらに多いのが合点した。 話をしていたら、少し離れた場所から疑心暗鬼な表情でこちらの様子を伺っていた女性もやって来た。 政府からの支援は足りているのか。今、何が必要か。私は2人に単刀直入に聞いてみた。 「足りてるいるかって?政府(FEMA、連邦緊急事態管理庁)からの支援金700ドルじゃ到底足りないわよね」。愚問だったからか、女性は浮かぬ顔で不満を漏らした。「ただし救いは赤十字。彼らの支援があるからこそ、私たちはこうやってホテルに住まわせてもらっています。本当にありがたい」。 そうこうしていたら、トラックに乗った近所の人と思しき男性が前を通りがかり、互いに「元気だったか?」と会話が始まった。自然と始まる近所づきあいを見て、この地が8月まで住宅街だったこと、ごく普通の人の営みがここにあったことが伝わってきた。 マウイ島はハワイでもっとも観光に依存している島の一つとされるが、山火事後に観光客が激減し、失業者が増えているという報道もある。お金を落としてもらうために観光に来てほしいと訴える島民もいれば、そんな観光客を冷めた目で見る島民もいると聞く。被災の当事者として実際の心境はどうだろうか。 「そうね…」と女性はしばらく考えていた。そしてこのように言った。 「自分もそうだけど観光業に従事している者からすれば、島に観光で来てほしい気持ちは変わらない。だからと言ってどんどん来て!というのも違う。今でもこんな状態なのだから観光客に写真をバチバチ撮られるのも…ね」。女性は一呼吸置く。「私が言えるのは…被災地支援のためにお金使ってくれるのだとしたら、どうか島の東部に行ってほしい。観光で西には来ないで、今はまだ」。 最後の質問として、将来ここに戻り以前のような暮らしをしたい気持ちはあるのかと尋ねた。「わからないわ。今は水が汚染され、そもそも水道が出ない状態だから」「だけど水や電気が復活したら、またいつかは…ね」。 彼らにとってはここが「ホーム」なのだとわかった。 去り際、自然と“God…
ハワイ・キラウェア火山の噴火と女神ペレ。地球や宇宙にめちゃめちゃ歓迎された話
2023年9月のハワイ島キラウェア火山からの現地レポート
なぜアメリカ人は靴を脱がない? 航空機内など「米国でしない方が良いこと」
TikTokである動画がバズったとして米メディアが報じ、物議を醸している。 780万回再生された動画 この動画がバズった理由は、リプライを見る限り毛深い上に多指症ということや独特のカメラワークがあるようだが、筆者にとって別の要素が奇妙に映った。それは「素足が前の座席の下にベタッと置かれていること」。 北米の文化では、公共の場で裸足を晒すことは「気持ち悪い!」と忌み嫌われることがあり、この動画のイメージは足の裏の菌を金属部分に「擦りつけている」ように見える。 皆さんも映画などを通じてわかる通り、一般的なアメリカ人は室内(家の中や公共の場)で「靴を脱がない」し、滅多に人前で「素足を晒さない」。航空機内であっても同様だ。 海が近い地域などでは、つま先が空いたサンダルやビーチサンダルが普及しているが、そのような種類の履物では高級店に入れなかったり、ビジネスの場で適合しなかったりする。 なぜアメリカ人は人前で靴を脱がないのか、以下で詳しく説明する。 コロナ禍で広まったニューノーマル。多様化する生活習慣 アメリカ人は伝統的に、室内では靴を履いたまま生活をする。自宅の玄関には、日本にあるような靴を脱ぐための一段下がったスペースは設けられていない。しかし一般的な住居の入り口スペースは日本の玄関より広く、ドア付近には大抵、土落とし用のマットが置かれてある。そこで靴の底をゴシゴシ擦りつけ、土や汚れを落としてから入室する。 しかし文化や生活習慣の多様化と共に、最近は家の中で靴を脱ぐ家庭も徐々に増えてきた。土足禁止の家は主に都市部で、移民や外国人などさまざまな価値観を持つ人が集まっている。「土禁」にする人が増えているのはそういう理由もある。 室内を土禁にすべきか否かについては、アメリカではしばしば議論の俎上に載せられる。ニューヨークタイムズ(以下)によると、花粉アレルギーのある人やハイハイをする乳児がいる家庭では、室内で靴を脱ぐ習慣がさらに広がった。靴底についた細菌による影響についてそれほど神経質になる必要はないが、それでもコロナ禍で靴を脱ぐ人は増えたという。 ニューヨークに今でも多く残る1世紀以上前の古い建物では、靴で歩き回ると階下に響き迷惑だからという理由で、靴を脱ぐ生活を始める人もいる。 ちなみにアメリカでも地域によって生活習慣は異なる。ハワイに住む友人によると、ハワイでは衛生上の理由で靴を脱ぐ習慣が浸透しているという。「日系人が持ち込んだ習慣が取り入れられている」と教えてもらった。 靴を脱ぐ習慣は、世界的に見ると日本をはじめ、中東やヨーロッパの一部などである。冒頭の動画を報じたニューヨークポストは、「室内で靴を脱ぐことはアジア全域、そしてロシアからエチオピアに至るまでの国々で一般的な習慣。そこでは履き物を脱ぐことを清潔さと敬意の表れと考えられている」と述べている。 つまるところ、人種の坩堝の米都市部では、靴を脱ぐ家庭、靴を履いたままの家庭とさまざまな習慣が混在している。それでもやはり筆者の周りを見渡せば、室内を土禁にしていない人は実際に多く、この文化は根強いと感じる。 訪問する際はその家庭のルールを尊重 他人の家を訪問する際に靴を脱ぐか脱がないかについては、前述のニューヨークタイムズの記事で「訪問する家庭のルールを尊重することが大切」と述べられている。 筆者の経験として、例えば日本人である私がゲストを招く場合、ゲストには当然靴を脱いでもらう。ややこしいのはたまにやって来る修理工だ。彼らは大抵、靴を履いたままズカズカと家の中に入ってくる。ただし「靴を脱いでもらえないか?」とお願いすると快く応じてくれる(言うのが面倒なので言わないこともあるが)。 自宅で靴を脱いで生活する人がパーティーを開き、そこにゲストとして行く場合は、「靴は脱いでも脱がなくてもどちらでも良いですよ」と言われることが多い。この場合、一般的なアメリカの生活習慣=室内は土足、だから土禁をゲストに強要しないという心配りから。そのようなケースでは、ゲストはその意思を尊重し、靴を脱いだり脱がなかったりさまざまだ。 アメリカ人はなぜ室内で靴を脱ぎたがらないのか? 土足文化がある背景を調べると、地域の気候や環境が関与しているようだ。世界の中で、例えば寒冷地では床暖房が浸透し、足元の暖かい状態を保つために靴を脱がないという。カナダを含む北米は広大な敷地に大きな住居が建てられ、玄関スペースも広いため、室内に汚れを持ち込むことが少ないので、靴を脱ぐ習慣は一般的でないとされる(そんな彼らも1日中ずっと外から帰って来たままの靴を履いて生活をしているのかと言えば案外そうでもなく、室内履きに履き替えたりしているのだが)。 そのような理由以外にも、多くのアメリカ人にとってさらけ出された裸足が「奇妙」「ゾッとするイメージ」に映っているのだなと感じた経験はいくつかある。 筆者は以前、日本からやって来たゲストがマンハッタンの中心地で休憩中に素足になり、また周りの反応を見て、そのように感じた。サンダルや草履を履いている状態と何も履いていない素足では、公に晒されることで人々に与える衝撃度はまったく異なる。 中には例外もある。「健康のために常に裸足で歩いている」というポリシーのアメリカ人に以前会ったことがあるが、足の裏は真っ黒に汚れていた。おそらくこの人は、入店拒否される場所が多いことだろう。 素足を忌み嫌うものとして、以前こんなこともあった。公共図書館の勉強室に座っていた時、隣のアジア系の女性が靴の先を半分脱いでブラブラさせたり足の裏をペタッと壁に当てたりしていた。そうしたら監視員が目くじらを立て「きちんと靴を履くように」と、何度も注意にやって来た。それを見て、アメリカの公共の場ではTPOに応じて、靴をきちんと履くことが求められるのだと改めて思った。当然、高級レストランにハイヒールを履いて行っても、食事中につま先でブラブラさせることはマナー違反と見なされる。 Q&Aのコミュニティサイト、クオーラ(Quora)には、「なぜアメリカ文化では、公共の場で裸足になることが奇妙に思われるのか?」という項目があり、このように書かれている。 裸足のイメージとは… など(あくまでも一般の人の意見)。 「もちろん上記のどれも真実ではない」と補足で書かれているが、一般的にはこのようなイメージが人々に植え付けられているということなのだろう。 筆者の経験でも、きちんと磨かれた高級靴を履いていることは「成功の証」と捉えられることが多々あると感じる。街中にある靴磨き屋に、ビジネスマンがランチタイムに革靴を磨きに行く。伝統的な職種(政治系、金融系、法律系など)において、素足にハイヒール姿の女性を見ることはあっても、(カジュアルなシーン以外で)裸足に革靴を履いている男性を見ることはない。 タイム誌は、Put Your Shoes Back On. Here’s the Problem With Going Barefoot(靴を履いて。裸足になると発生するこれらの問題)という記事を発信している。この記事でも靴は「地面の鋭利な物、害虫、熱、目に見えない細菌などさまざまな脅威から足を保護する」として、必要なものと書かれている。 航空機内など「米国でしない方が良いこと」 閑話休題。室内の話から、冒頭の航空機内の話に戻るとする。 日米間の渡航で日系の航空会社の飛行機に搭乗すると、長時間の飛行時間への配慮から簡易スリッパを配布されることがある。そういう時に筆者は周りを観察していて気づいたことがあった。それは大抵靴からスリッパに履き替えるのは日本人だけで、アメリカ人と思われる人たちのほとんどは、そのようなスリッパに履き替えないということ。理由を聞いたことがあるが、靴を脱ぐのが面倒という理由のほかに、アメリカでは人前で裸足にならない習慣があるからと言った人もいた。匂いや足の指の形を晒すことに違和感がある人もいるようだ。 冒頭で触れた、SNSでバズった人がなぜ裸足になったのかについて憶測が飛んでいる。前述のニューヨークポストの記事では、旅行ブロガーの声として「航空機に数百ドル払ったのだから、飛行機内では何をしてもいいと感じているのではないか」と述べた。 しかし多くの人が航空機内で靴を脱がない(素足を晒さない)理由として、航空専門家の意見を交えてこのように書かれている。 「脱いだ靴が乱雑に置かれて通路にはみ出すこともある。また緊急時に靴を履かずに移動しなければならないリスクがあるため危険を伴う可能性があるから」 「飛行中にもっとも危険になりうる離陸時と着陸時は、靴を履いたままにしておくべきだ」 日本人であれば、通路の迷惑になるほど脱いだ靴を乱雑に置く人はいないだろうが、飛行中にスリッパではなくきちんとした靴を履いたままが良い理由は、確かに理にかなっているような気がする。 関連記事 Text and photos by Kasumi…
日本人が海外旅行を躊躇する一因?思わず発狂するほど「厄介」な日本帰国に必要なもの(コロナ禍の体験記)
前回「海外旅行はもう行ける!アメリカには「これ」さえあれば…(日米渡航体験記、日本→アメリカ編)」からの続き 今年の3〜4月にかけてコロナ禍初となる日米渡航をした筆者。国境を跨ぎ、この2年で落ち込んでいた渡航者数が徐々に復活していることを肌で感じた。 出発地のロサンゼルス国際空港で出発3時間前の夜10時、すでにチェックインカウンターには長蛇の列ができていた。コロナ禍では必要書類が何せ多いため、皆早めに来たようだ。搭乗するのは日本の航空会社だったので、日本人らしき人も見かけた。東南アジアの人も経由のために日本に渡航するようだった。搭乗すると座席は隣が1人開いた状態でゆったりしていた。同列の日本人女性は駐在員の娘夫妻の産後ケアで3ヵ月間西海岸に滞在し、その帰りだという。 外国人に対して観光目的の入国を認めていない日本は鎖国状態と聞いていたが、到着した羽田空港には意外と外国人がいる印象だった。 コロナ禍3年目、日本も含め世界は着実に前進しているようだ。 ただ国内では、多くの日本人が今もなお海外旅行に躊躇していると聞く。理由として、新型コロナの感染を心配してというのはあるだろう。しかし80%以上の人がワクチン接種を済ませた今、理由はそれだけではなさそうだ。 コロナ禍の渡航は、以前はなかった手間と時間とお金がかかる。一言で言えば、厄介な作業が増えた。海外に行く!という熱量が必要で、リスクも孕んでいる。これらも一般の人々が渡航へ二の足を踏む一因になっているかもしれない。 本稿では、筆者が準備段階や入国時に思わず発狂しそうになった面倒な渡航書類などを備忘録として記しておく。数年後に「そんなこともあったな」と笑って読み返す日を願って…。 日本帰国に必要なもの(渡航条件) コロナ禍の渡航にかかるのは膨大な「手間」と「時間」 前回の記事で、日→米への渡航は、ワクチン接種などの「条件」をクリアすれば、実にシンプルで簡単だと説明した。 それでは楽しいアメリカ旅行が終わり、今度は日本へ帰国するときの話をしよう。 コロナ禍の日本への入国は(たとえ日本人であっても)準備と入国時の手続きが煩雑だと感じた。昨年欧米を渡航した経験からも、日本だけが特別に込み入った条件を設けている印象だ。 近い将来、外国人に観光目的の入国を認めても、このような複雑なプロセスが継続されていく限り、外国人は尻込みし日本旅行に二の足を踏むだろう。 コロナ禍において、日本政府が日本人を含む帰国者・入国者に対して、入国時の条件として求めているものは主に以下の通り。(パスポートなどはコロナ前と同様なので割愛) 健康居所確認アプリ(My SOS)のインストール、アカウント登録、情報入力 接触確認アプリ(COCOA)のインストール、アカウント登録、情報入力 スマートフォン位置情報の設定 新型コロナの陰性証明書(出発前と到着後の2回) 誓約書 健康居所確認アプリ(My SOS) 入国者の居所を確認するためのアプリ。 厳しい水際対策の一環として日本は引き続き入国後の待機期間を設けており、どの地域から入国するか、またワクチン接種が完了か否かで待機期間が異なる。 アメリカからの入国は、ワクチンのブースター(3回目)接種が完了していれば、3月1日より待機日数がゼロになり、筆者もその恩恵を受けた。よって日本滞在中に筆者のMy SOSにビデオ通話がかかってきたことはなかった。 一方、ブースターを含むワクチン未接種者や感染拡大の地域からの入国者は、入国後に一定の待機が求められている。参照 接触確認アプリ(COCOA) 陽性者と接触した可能性について通知を受け取ることができるアプリ。 このようなアプリのインストールは欧米への入国には一切求められないものだ。「アプリか〜。しかも2個も…。日本は手強いな」というのが正直な気持ち。しかし日本入国にはマストだ。やらねば!と奮起。 筆者の旅程は、羽田到着の1時間半後に国内線搭乗だ。しかし入国時、空港検疫で待っているのは、実に長い作業だった。飛行機が羽田に到着しても、国際線トランジット客の優先降機のため、私のような国内線客は座席での待機が続き、ヤキモキした。我先に降りようと試みた乗客もいたが、客室乗務員にぴしゃりと阻止されていた。 20分ほど待っただろうか、筆者もやっと飛行機を降りることができ、到着ゲートには国内線乗り継ぎ客の1人として名前が張り出されていた。 兎にも角にも国内線の乗り継ぎまで時間がない。だから空港検疫〜入国審査をスムーズにするため、ファストトラックで事前に必要事項(ワクチン証明書など)を入力し、写真データを送り、事前審査も完了していた。すべては「完璧」なはずだった。 なのに、第一関門でつまづいた。 筆者のスマホだけがなぜか空港のWi-Fiに接続できず、アプリの登録情報が見られないトラブル….。係員は「この問題は初めて見ます」と言いながらタブレットがあるテーブルに誘導し、再び一からの入力を求めてきた。Wi-Fiのせいで事前入力しておいた時間と労力が台無しだ。無機質な作業台で途方に暮れた。しかし私だけではない。左右にも仲間がいた。同様につまづいた外国人集団(&一部日本人)が頭を抱えながら入力している。時折舌打ちが聞こえてきた。この作業(ロスタイム)に2、30分ほどかかった。(結局のところ、My SOSの登録済みQRコードが必要だったわけで、筆者のようにならないためにスクリーンショットを取っておくことを勧める) しかし、これはその後永遠とも言えるほど長〜く続く、ベルトコンベア式の検疫関門の始まりに過ぎなかった。それぞれの関所(チェックポイント)で多くのスタッフが我々入国者を待ち受け、次々に書類を提出したり、新たな書類を手渡されたり・・・。(コロナ禍で入国者のために働いてくださっているスタッフの方々に感謝しております!) スマートフォン位置情報の設定 2種類のアプリを使用するためには、スマートフォンの位置情報(グーグルマップなど)の設定・保存が求められた。スマホ自体を持っていない人は空港で自費でレンタルしなければならないというルールもある。本当に厄介。これも日本だけ。 厄介と言えば、事前準備の問い合わせもそうだ。書類不備は入国拒否となり飛行機に搭乗できない可能性があるという情報を耳にしたので、事前に情報を入力する際、アプリ入力がうまくできない箇所がいくつかあり、問い合わせ先とされているところにメールを送信したら、返信で「質問はこちらへ」とまた別のメールアドレスに誘導された。質問を再送信したところ「当日現場で解決する」的な返答がきた。こんな不毛なやりとりにも辟易した。 新型コロナの陰性証明書 出国前72時間以内に検査し、結果が陽性であれば飛行機に搭乗できない。また日本入国時に再度検査がある(欧米入国時は再度の検査はない)。入国時の検査で陽性なら、当然だが隔離される。 検査方法も、日本はRT-PCR法などの核酸増幅検査(NAAT)などと「指定」している。 その上、検査証明書も「指定」している(欧米入国には指定フォーマットなどない)。厚生労働省の所定フォーマットに現地医療機関が記入し、署名または押印したものが有効ということだ。(任意フォーマットでも記載内容が適切であれば認められるようだ) ちなみに、筆者が日本への出発前に受けたPCR検査は、ニューヨークの路上に立っている簡易テントの検査場で受けた。料金は、日本の所定フォーマットの検査証明書の発行も含めて無料だった。 読者から「どこ?」という問い合わせがきているが、近所にある検査場を2、3箇所回って、対応してくれる所を見つけただけであり、別に筆者が受けた所のみならず、対応してくれるところはほかにもたくさんあるはず。滞在中に自分の近くの検査場(市内そこかしこにある)を回って、直接確認すると良いだろう。 ちなみに日本のみならず世界中どこでも、コロナ禍での渡航は、出発日の〜日前に受けるコロナ検査が求められ、日本行きの場合は結果が出た翌日に所定フォーマットの検査証明書の発行のために再度出向く必要がある。検査&証明書のための時間とお金と労力がかかることにも筆者は辟易している。 合格発表を待つかのような長い検査結果待ち 話を、筆者が到着した羽田空港の検疫に戻そう。 次々と関門(チェックポイント)を突破し、最後は新型コロナの抗原検査コーナーへ。この再度の検査で「陽性」にでもなったら日本で隔離されるから、これから搭乗する国内線の航空券も今後の予定もすべておじゃんだ。お金も時間も無駄になる。自分で行うように言われ説明を読みながら採取した唾液検査の試験管を、神に祈るような気持ちで係員に渡す。 結果が出るまで、大展示場のように広い待合室で時差ボケの中、ボ〜と待機。暇なので周りの人と会話。岩国の米軍基地の米兵や、ブラジルからやって来た女性英語講師と話したが、彼らも就労目的の来日のようだ。 筆者の乗るはずの国内線はすでに出発した。それでもここを通過しなければ日本には入れないわけだから、冷静さと辛抱強さが求められる。自分の番号がスクリーンに映し出されるのをじっと待つ。まるで受験の合格発表のような緊張が走る。1、2時間待っただろうか。ついに自分の番号が呼ばれた。 ドキドキしながら発表を聞きに行く。「陰性」の紙が手渡される。「やった!」。まるで受験に合格した時のように安堵した。 長旅で疲労困憊だが心はうきうき。長い長い廊下をさらに歩を進め、最後の関所、入国審査までやっと到達した。…
