今年既に100件超。6歳児や飼い犬の発砲〜春節のアジア系乱射事件…米で止まない銃暴力

日本人が海外旅行を躊躇する一因?思わず発狂するほど「厄介」な日本帰国に必要なもの(コロナ禍の体験記)

前回「海外旅行はもう行ける!アメリカには「これ」さえあれば…(日米渡航体験記、日本→アメリカ編)」からの続き 今年の3〜4月にかけてコロナ禍初となる日米渡航をした筆者。国境を跨ぎ、この2年で落ち込んでいた渡航者数が徐々に復活していることを肌で感じた。 出発地のロサンゼルス国際空港で出発3時間前の夜10時、すでにチェックインカウンターには長蛇の列ができていた。コロナ禍では必要書類が何せ多いため、皆早めに来たようだ。搭乗するのは日本の航空会社だったので、日本人らしき人も見かけた。東南アジアの人も経由のために日本に渡航するようだった。搭乗すると座席は隣が1人開いた状態でゆったりしていた。同列の日本人女性は駐在員の娘夫妻の産後ケアで3ヵ月間西海岸に滞在し、その帰りだという。 外国人に対して観光目的の入国を認めていない日本は鎖国状態と聞いていたが、到着した羽田空港には意外と外国人がいる印象だった。 コロナ禍3年目、日本も含め世界は着実に前進しているようだ。 ただ国内では、多くの日本人が今もなお海外旅行に躊躇していると聞く。理由として、新型コロナの感染を心配してというのはあるだろう。しかし80%以上の人がワクチン接種を済ませた今、理由はそれだけではなさそうだ。 コロナ禍の渡航は、以前はなかった手間と時間とお金がかかる。一言で言えば、厄介な作業が増えた。海外に行く!という熱量が必要で、リスクも孕んでいる。これらも一般の人々が渡航へ二の足を踏む一因になっているかもしれない。 本稿では、筆者が準備段階や入国時に思わず発狂しそうになった面倒な渡航書類などを備忘録として記しておく。数年後に「そんなこともあったな」と笑って読み返す日を願って…。 日本帰国に必要なもの(渡航条件) コロナ禍の渡航にかかるのは膨大な「手間」と「時間」 前回の記事で、日→米への渡航は、ワクチン接種などの「条件」をクリアすれば、実にシンプルで簡単だと説明した。 それでは楽しいアメリカ旅行が終わり、今度は日本へ帰国するときの話をしよう。 コロナ禍の日本への入国は(たとえ日本人であっても)準備と入国時の手続きが煩雑だと感じた。昨年欧米を渡航した経験からも、日本だけが特別に込み入った条件を設けている印象だ。 近い将来、外国人に観光目的の入国を認めても、このような複雑なプロセスが継続されていく限り、外国人は尻込みし日本旅行に二の足を踏むだろう。 コロナ禍において、日本政府が日本人を含む帰国者・入国者に対して、入国時の条件として求めているものは主に以下の通り。(パスポートなどはコロナ前と同様なので割愛) 健康居所確認アプリ(My SOS)のインストール、アカウント登録、情報入力 接触確認アプリ(COCOA)のインストール、アカウント登録、情報入力 スマートフォン位置情報の設定 新型コロナの陰性証明書(出発前と到着後の2回) 誓約書 健康居所確認アプリ(My SOS) 入国者の居所を確認するためのアプリ。 厳しい水際対策の一環として日本は引き続き入国後の待機期間を設けており、どの地域から入国するか、またワクチン接種が完了か否かで待機期間が異なる。 アメリカからの入国は、ワクチンのブースター(3回目)接種が完了していれば、3月1日より待機日数がゼロになり、筆者もその恩恵を受けた。よって日本滞在中に筆者のMy SOSにビデオ通話がかかってきたことはなかった。 一方、ブースターを含むワクチン未接種者や感染拡大の地域からの入国者は、入国後に一定の待機が求められている。参照 接触確認アプリ(COCOA) 陽性者と接触した可能性について通知を受け取ることができるアプリ。 このようなアプリのインストールは欧米への入国には一切求められないものだ。「アプリか〜。しかも2個も…。日本は手強いな」というのが正直な気持ち。しかし日本入国にはマストだ。やらねば!と奮起。 筆者の旅程は、羽田到着の1時間半後に国内線搭乗だ。しかし入国時、空港検疫で待っているのは、実に長い作業だった。飛行機が羽田に到着しても、国際線トランジット客の優先降機のため、私のような国内線客は座席での待機が続き、ヤキモキした。我先に降りようと試みた乗客もいたが、客室乗務員にぴしゃりと阻止されていた。 20分ほど待っただろうか、筆者もやっと飛行機を降りることができ、到着ゲートには国内線乗り継ぎ客の1人として名前が張り出されていた。 兎にも角にも国内線の乗り継ぎまで時間がない。だから空港検疫〜入国審査をスムーズにするため、ファストトラックで事前に必要事項(ワクチン証明書など)を入力し、写真データを送り、事前審査も完了していた。すべては「完璧」なはずだった。 なのに、第一関門でつまづいた。 筆者のスマホだけがなぜか空港のWi-Fiに接続できず、アプリの登録情報が見られないトラブル….。係員は「この問題は初めて見ます」と言いながらタブレットがあるテーブルに誘導し、再び一からの入力を求めてきた。Wi-Fiのせいで事前入力しておいた時間と労力が台無しだ。無機質な作業台で途方に暮れた。しかし私だけではない。左右にも仲間がいた。同様につまづいた外国人集団(&一部日本人)が頭を抱えながら入力している。時折舌打ちが聞こえてきた。この作業(ロスタイム)に2、30分ほどかかった。(結局のところ、My SOSの登録済みQRコードが必要だったわけで、筆者のようにならないためにスクリーンショットを取っておくことを勧める) しかし、これはその後永遠とも言えるほど長〜く続く、ベルトコンベア式の検疫関門の始まりに過ぎなかった。それぞれの関所(チェックポイント)で多くのスタッフが我々入国者を待ち受け、次々に書類を提出したり、新たな書類を手渡されたり・・・。(コロナ禍で入国者のために働いてくださっているスタッフの方々に感謝しております!) スマートフォン位置情報の設定 2種類のアプリを使用するためには、スマートフォンの位置情報(グーグルマップなど)の設定・保存が求められた。スマホ自体を持っていない人は空港で自費でレンタルしなければならないというルールもある。本当に厄介。これも日本だけ。 厄介と言えば、事前準備の問い合わせもそうだ。書類不備は入国拒否となり飛行機に搭乗できない可能性があるという情報を耳にしたので、事前に情報を入力する際、アプリ入力がうまくできない箇所がいくつかあり、問い合わせ先とされているところにメールを送信したら、返信で「質問はこちらへ」とまた別のメールアドレスに誘導された。質問を再送信したところ「当日現場で解決する」的な返答がきた。こんな不毛なやりとりにも辟易した。 新型コロナの陰性証明書 出国前72時間以内に検査し、結果が陽性であれば飛行機に搭乗できない。また日本入国時に再度検査がある(欧米入国時は再度の検査はない)。入国時の検査で陽性なら、当然だが隔離される。 検査方法も、日本はRT-PCR法などの核酸増幅検査(NAAT)などと「指定」している。 その上、検査証明書も「指定」している(欧米入国には指定フォーマットなどない)。厚生労働省の所定フォーマットに現地医療機関が記入し、署名または押印したものが有効ということだ。(任意フォーマットでも記載内容が適切であれば認められるようだ) ちなみに、筆者が日本への出発前に受けたPCR検査は、ニューヨークの路上に立っている簡易テントの検査場で受けた。料金は、日本の所定フォーマットの検査証明書の発行も含めて無料だった。 読者から「どこ?」という問い合わせがきているが、近所にある検査場を2、3箇所回って、対応してくれる所を見つけただけであり、別に筆者が受けた所のみならず、対応してくれるところはほかにもたくさんあるはず。滞在中に自分の近くの検査場(市内そこかしこにある)を回って、直接確認すると良いだろう。 ちなみに日本のみならず世界中どこでも、コロナ禍での渡航は、出発日の〜日前に受けるコロナ検査が求められ、日本行きの場合は結果が出た翌日に所定フォーマットの検査証明書の発行のために再度出向く必要がある。検査&証明書のための時間とお金と労力がかかることにも筆者は辟易している。 合格発表を待つかのような長い検査結果待ち 話を、筆者が到着した羽田空港の検疫に戻そう。 次々と関門(チェックポイント)を突破し、最後は新型コロナの抗原検査コーナーへ。この再度の検査で「陽性」にでもなったら日本で隔離されるから、これから搭乗する国内線の航空券も今後の予定もすべておじゃんだ。お金も時間も無駄になる。自分で行うように言われ説明を読みながら採取した唾液検査の試験管を、神に祈るような気持ちで係員に渡す。 結果が出るまで、大展示場のように広い待合室で時差ボケの中、ボ〜と待機。暇なので周りの人と会話。岩国の米軍基地の米兵や、ブラジルからやって来た女性英語講師と話したが、彼らも就労目的の来日のようだ。 筆者の乗るはずの国内線はすでに出発した。それでもここを通過しなければ日本には入れないわけだから、冷静さと辛抱強さが求められる。自分の番号がスクリーンに映し出されるのをじっと待つ。まるで受験の合格発表のような緊張が走る。1、2時間待っただろうか。ついに自分の番号が呼ばれた。 ドキドキしながら発表を聞きに行く。「陰性」の紙が手渡される。「やった!」。まるで受験に合格した時のように安堵した。 長旅で疲労困憊だが心はうきうき。長い長い廊下をさらに歩を進め、最後の関所、入国審査までやっと到達した。…

長髪論争に関して【取材された側のまとめ】

いつもは「取材する」側ですが、今週は「取材される」側が多かったです。 私が9月25日に書いた記事「小室圭さん報道で考える「人の見た目問題」。日本は真の多様性に向け何が必要か」という投げかけについて、複数のメディアにも興味を持っていただきました。 いくつか取材オファーをいただいたので、コメントさせていただきました。 ネットニュース ABEMA NEWS 「アメリカのメディアでは考えづらい」 小室さんの“見た目”報道に問題提起したジャーナリスト ヤフーニュースにも取り上げられました。 テレビ MBS よんチャンTV9月27日(月)3:40-7pm 英字新聞 The Japan Times  ジャパンタイムズ Kei Komuro’s ponytail caused a media frenzy in Japan — leaving some to ask why ヤフーニュース個人で投げかけた私の問いが、このようにテレビ、ネットニュース(動画と音声)、そして英字新聞(他言語)でもお届けできたことに感謝します。 アメリカメディア また、日本の一部のメディアによる「長髪論争」ですが、28日になって米主要紙ワシントンポストや米ヤフーニュースでも大きく取り上げられています。    P.S. 長髪報道ではありませんが、ニューヨークの地元メディア、NYポストからも取材をされまして、私のコメントが日曜日版に掲載されました。電子版でも読めます。 「長髪論争」関連記事 小室圭さん報道で考える「人の見た目問題」。日本は真の多様性に向け何が必要か めちゃくちゃバズった「小室圭さん報道で考える人の見た目問題」後記 … 人は他人に自分のことをあーだこーだと言われたくない生き物(ノアドット) 米主要紙も疑問を呈した「日本の髪型報道」 眞子様&小室さん結婚問題、アメリカではどう報じられたか ### 安部かすみ

20年の節目に、現地取材で感じたこと【米同時多発テロ NY追悼式典】

2021年9月11日。雲一つない秋晴れの美しい朝を迎えた。 気温は摂氏26度。9月も半ばになろうしているが、日差しはまだ強い。 アメリカ現地は今日、同時多発テロから20年を迎えた。世界貿易センター跡地であるグラウンドゼロには多くの人々が朝から集まり、あの日に思いを馳せ、犠牲者に哀悼の誠を捧げた。 グラウンドゼロでは午前中、遺族を招いて追悼式典が行われ、バイデン大統領をはじめ、オバマ元大統領やクリントン元大統領といった歴代大統領が参列し、国民に結束を改めて呼びかけた。 さらに緊張する中東問題を鑑み、現場ではテロ防止のためのより厳重な警戒態勢が敷かれていた。筆者は昨年もこの日をここで迎えたが、昨年の式典より何重にもチェックポイントが設けられるなど、最高レベルの厳戒態勢を実感した。 歩いていると時折バグパイプの生演奏が聞こえてきた。すぐ近くのアイリッシュパブ、O’Hara’s Restaurant and Pubの中からだ。 このパブはグラウンドゼロおよび消防署から目と鼻の先にある。テロで命を落とした消防士にここの常連も多かった。事故で損傷し7ヵ月後に再開した後、消防士や作業員の辛い日々の心の拠り所として「再生への活力」を与えてきた。 この日の賑わいは、同窓会のようでまた格別だった。朝からバグパイプ演奏に耳を傾けながらギネスを飲み、犠牲者(彼らにとって元同僚)に思いを馳せながら、特別なこの場所で再会を喜び合っているようだった。哀情だけではない、前向きなエネルギーを感じた。 バイデン大統領はグラウンドゼロの追悼式典を途中で退席し、ペンシルベニア州シャンクスビルのフライト93ナショナルメモリアルへ移動した。ハリス副大統領と、2001年テロ発生時の最高司令官を務めたジョージW.ブッシュ元大統領らと合流した。大統領は夜、国防総省の式典にも出席予定だ。 グラウンドゼロの式典が滞りなく行われたのを見届けた今、筆者が20年という節目において取材を通じて知ったこと、感じたことを、ここで改めてまとめることとする。 今も続く犠牲者のDNA鑑定 20年経った今もまだ、家族の亡骸に対面できていない(埋葬もできていない)人が多いというのは、8日の記事で書いた。 ニューヨークタイムズによると、DNA鑑定は倒壊跡地から見つかった骨片などを使って行われているが、無傷の骨からDNAを採取することは困難なため、骨片などは可能な限り細かく粉砕されて行われているという。 当時のDNAフォレンジック技術ではDNA鑑定が難しいと、05年に鑑定作業の一時停止が発表されたこともあった。近年はより進んだ技術で、過去に分析されたサンプルの再検査が進められているそうだ。 それでも、2001年の事故直後に身元が特定されたのは数百人分だったのが、そのペースは年を追うごとに落ちていき、こんにちでは年に1人程度だという。 数週間前に身元が分かった2人分(照合したのは1646、1647番目)のDNA鑑定は2019年以来だった。 迅速なDNA検査で身元を特定できたフロリダ州マンション崩壊事故とは異なり、911がなぜそんなに長い年月を要しているのか。それは、骨片などが「燃え続ける瓦礫の中で数週間以上損傷して劣化し、抽出するDNAの量が不足しているため」だ。(筆者が今回取材をした、倒壊現場付近に住んでいた住民も「火が完全に鎮火するまで数ヵ月かかった」と証言) また20年経った今、DNA鑑定で身元が分かった家族の心境として、粉々になった骨片を見ることも辛いようだ。「古い傷を再びえぐられる」ように感じ、受け取りに戸惑う人もいるという。親族が遺骨の受け取りを希望しないケースもあり、その場合はグラウンドゼロの保管庫で保存されるという。 今も増える復興作業員の死 テロ後、倒壊跡地で救助活動や復興活動をした消防士や作業員の中には、瓦礫に含まれていた有害物質による健康被害で亡くなっている人が多いことも、9日の記事などで書いた。 国立労働安全衛生研究所(CDCの傘下)が管轄する、9.11WTC健康プログラムというものがある。 このプログラムは同時多発テロが発生した3箇所に関連した健康被害を受けた人々に対して「認定された場合のみ」、医療や治療を無償で提供するというもので、2090年まで有効だ。 認定を受けた人は約8万人。ただし事故現場の近隣の住民や報道関係者などには、病気と事故との関連が困難で認定されていない人も多い。また(違法滞在者で、復興や清掃作業に臨時で雇われたケースなど)さまざまな事情を抱えた人も認定されるのは困難だ。 NPRが報じた19年の研究によると、911のファーストレスポンダー(その多くは事故当時、30代後半)は一般のケースと比較して、甲状腺がんのリスクが2倍も高いことがわかった。前立腺がんのリスクも約25%、白血病のリスクも41%多いなど、特定のがんのリスクが高い。 2000人以上のファーストレスポンダーと復興作業員が、復興作業に起因する病気で亡くなったという報告があり、FDNY(ニューヨーク市消防局)だけで、911関連の病気(がんを含む)で死亡した消防士は、退職者を含めて257人に上る。 911を知らない世代に語り継ぐ ABCニュースなどが報じたCDCの発表では、01年9月11日以降にアメリカで生まれた人の数は7000万人以上。それに加え、9月11日の時点で生まれているが、乳児や幼児で、この日の記憶がまったくない人たち(数百万人規模)が、「911を知らない世代」となる。 筆者が今回さまざまな場所で話を聞いた人々の中にも、若い世代がいた。当時5歳で事故現場を直接目撃した25歳の女性や、当時7歳でカリフォルニアの自宅からテレビで観たという911美術館で働く27歳の女性らに話を聞くと、皆「覚えている」と語った。 一方、それより若いZ世代の人々にとって、あの悲劇が「実際に起こったこと」としてリアルにとらえにくいのかもしれない。 911の出来事を実際に、もしくはメディアを通じて「見た」我々の世代が、これまで歴史の教科書で学んできた過去の数々の悲劇と同じように、911についても正しい歴史と知識を伝え、そこから学び、感じとり、未来に活かすことが大切だろう。同じ悲劇を二度と繰り返さないために。 同日夜、スタテンアイランドのポストカーズでも、デブラシオ市長らが出席した追悼式典が行われた。 関連記事 2021年(テロから20年) 米同時多発テロから20年。ニューヨークに住む人々にとって911はどんな日だったのか(後編) 米同時多発テロから20年。ニューヨークに住む人々にとって911はどんな日だったのか(前編) NYグランドゼロだけではない「911慰霊碑」 建築家・曽野正之が込めた思い アメリカ同時多発テロから20年「まだ終わっていない」… NY倒壊跡地はいま 2020年(テロから19年) 米同時多発テロから19年。ニューヨークに住む人々にとって911はどんな日だったのか(前編)(後編) 「またね」が息子・父・夫との最後の言葉に ── 3家族の9月11日【米同時多発テロから19年】 Text and photos by Kasumi Abe (Yahoo!ニュース 個人より一部転載)無断転載禁止